夢の絵筆
掲載月日不明


 むかしむかし、ある山の中に仙吉という、大そう弓の上手な猟師がおりました。
ひとたび仙吉の矢に狙われたら最後、どんな素早いけものであろうとも、逃げられたためしはないといわれるほどでありました。
しかし仙吉はこのごろ、この殺生な仕事がいやになってきたのでした。
いくら自分が生きるためとはいえ、こうも次々と動物たちを殺さねばならないのかと、つくづつ悲しく思うようになってきたのであります。
ですから仙吉は獲物をとるかわりに、山いもを掘ったり、木の実を集めたりして家へ帰ることもしばしばでした。
けれどそれも雪が降り始めるともうできません。
仙吉の家族はいよいよ食べるものがなくなってしまうのです。
こうなると仙吉はやむなく弓を手にして猟に出かけるほかはないのです。
ある日、仙吉は一匹の大きな狸を見つけました。
弓は大きくひきしぼられ、今にも矢が放たれようとした時でした。
その狸が仙吉の方を向いて、しきりに頭を下げるではありませんか。
「待ってください仙吉さん。私をどうか射たないでください。お願いです。私には今五匹の子どもがおります。私が死ねば子どもたちも飢えて死ぬほかはありません。お願いです。射たないでください。仙吉さん」
 口はきかないけど、仙吉にはその狸の気持ちがよくわかってしまうのです。
とてもそんな親狸を殺すわけにはいきません。
つがえた矢をおろしてしまいました。
すると、それを見ていた狸は何を思ったのか、仙吉の傍まで走ってくると、なにかポトリと落として行きましした。
見るとそれは一本の絵筆でありました。
「何だってこんな物を置いていったのだろう………狸と筆、なるほどきってもきれない縁だけど………しかし可愛い狸だ。いのちを助けて貰ったお礼のつもりなんだろう。よし、貰っていってやろう。」
 仙吉が筆をしまうのを見届けると狸はさも安心したように立ち去って行きました。
しかしその日は結局猟がありませんでした。
仙吉は家に帰ると家族の者にそのわけを話しました。
「そんなわけで、今日は何もとれなかったんだ。みんなかんべんしてくれ!そのかわりになあ、とうさんがその狸に貰った筆でご馳走の絵を書いてあげるから、そいつを食べたつもりになって、今日のところは我慢してくれ。明日になったら何とかするからな」
 家族のみんなも、もちろん腹がへっているのですが、そんなふうにやさしいとうさんが好きでした。
仙吉は家族一人一人から食べたいものを聞くと、一心にその絵を書いてやりました。
 その夜、仙吉は夢をみました。
さっき自分の書いたご馳走がお膳の上に山とつまれて、家族がわいわい喜びの声をあげながら食べているのです。
「よかった、よかった。みんな思う存分食べてくれよ」
 そういって仙吉は自分でも食べてみました。味がしました。とてもおいしくてほっぺたが落ちそうになりました。
「へんだな、夢の中でご馳走が食べられるなんて話はきいたことがないぞ!」
 朝になってみると、それはやっぱり夢でした。
夢とは思えない夢だったのです。
不思議なことに家中の人が揃って同じ夢をみたというのです。
その上、奇妙なことに夕(ゆうべ)まであんなにおなかをすかせていたのに、今朝はみんなケロッとしているではありませんか………仙吉はその時、狸から貰った絵筆が特別な力を持っていることに気がつきました。
あの絵筆で絵を書くと、それが必ず夢に出てくるという不思議な力があるということです。
誰でも楽しい夢をみたいものです。
このうわさが世間にひろまると、大ぜいの人たちが夢の絵を書いてくれといって仙吉の家へやってきました。
仙吉は念願の弓矢を捨てることができたのであります。
そのかわりに絵筆を持って、夢の絵を書き続けたということであります。やがて仙吉は夢の長者といわれるほどの大金持ちになり、大そうしあわせにくらしたということであります。