昔ある村に早苗という美しい娘がおりました。
かわいそうに、娘は幼い時に両親に死に別れてからというもの、村一番の乱暴者の家にひきとられ、毎日その主人のどなり声を聞いてくらしてきたのでした。
その主人は乱暴な上に怠け者ときているものですから、食事のしたくから野良仕事まで一切をこの娘にさせ、自分は朝から酒ばかりのんでごろごろしているという始末でした。
しかし娘は文句一ついわず精魂こめて働いていましたが、たった一つ、娘には願いがありました。
それは死に別れたお父さん、お母さんに一目だけでも会いたいということでした。
一日の仕事を終えて、主人が寝てしまうと娘はいつも美しい夜空の星にこの願いをかけることにしていました。
おの美しい星がやさしくまたたくのを見ていると、どうしてもそれがお父さんやお母さんの暖かい瞳に思えてくるからなのです。
いつの頃からか、娘は自分の両親があの星空にいまでも生きていて、ちゃんと自分を見守ってくれているのだと思うようになっていました。
ですから、たとえどんなひどい仕打ちを主人から受けても、悲しくなることはもうなくなりました。
ある夏のことでした。
突然、真黒な雲が空いっぱいにひろがったと思う間に、激しい稲妻が轟き、滝のように雨が降ってきたのです。
村の大事な用水になっていた山の湖はみるみるうちに溢れだし、大洪水になってしまいました。
家は流され、作物も駄目にされました。
永い間、こんな天災にあったことのなかったこの村の人たちは、きっと何かのたたりに違いないと大変恐れました。やがてほうほうのていで山から逃げかえってきたきこりは、嵐の時雲間から恐ろしい竜が現われ、湖に入るのを見たと話したのです。
びっくりした村人は、このままにしては大変だ、村がほろびてしまう。いけにえを捧げて、竜神の怒りをなだめなければならないと考えました。
この話をきいた乱暴者の主人は、さっそく早苗をそのいけにえにしてくれと申し出たのです。
なぜって、いけにえの娘を差し出した家にはかわりとして、一生食べてゆかれるだけの米がもらえるということを知ったからなのです。
娘はしかし、けっしてその不幸を嘆いたりはしませんでした。
村の人たちがそれで救われるものならば喜んで死のうと決心したのです。
満天に星の輝く夜でした。
村人たちの奏する笛や太鼓に送られて娘は湖のほとりにやってきました。
早苗は静かに星空を見上げて、最後の願いをかけました。
星はやさしくまたたきうなずいたようでした。
ざぼっ………娘の飛び込む音が村人の心を強くうちました。
娘は冷たい水の中で、星かげが無数にゆらめくのを感じました。
するとどこからかゴーッという恐ろしい音をたてて竜が現われ、娘をその背に乗せると見るまに、水音もはげしく湖を飛び出し、星空をめがけて舞い上がっていったのです。
村人たちはその光景の恐ろしさに驚きあわてて、ものかげにかくれ、がたがたとふるえておりました。
夜空に舞い上がった竜は、それこそ流星のように星の間を走り過ぎて行きました。
やがて娘は自分の乗っているのはあの恐ろしい竜ではなく、暖かい人の背であることに気がつきました。
そしてその人の顔をじっと見つめたとき、思わずあっと声を出してしまいました。
「お父さん!」
「おや、気がついたのか、お前の願いはかなえられたのだよ。
神様の許しを得て、わしは竜の姿となり早苗を迎えに行ったのだよ。
私たちがいなくなってから長い間、お前は随分と苦労したね、何もかも知っているよ、お母さんと一緒にこの空の上か
ら、お前の苦労を眺めては泣いてくらしていたのだもの。
私たちの涙はほれ!見てごらん、果てしなくこの夜空にひろがって輝く星くずになってしまったのだよ。」
父の背中で、娘は思いきり泣きました。
うれし泣きに泣いたのです。
はらはらとこぼれる美しい心の美しい娘の涙は、次々と輝く星くずになって夜空に散っていきました。
やがて涙にうるむ娘の瞳には、天の川の岸辺で手をふるあのなつかしい母の姿がぼんやりと見えてきたのでした。
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