むかし、ある国に、たいへん心配ばかりしている殿さまがおりました。
そのころは、あっちでもこっちでも戦争ばかりでした。国と国との戦争だけならまだわかるのですが、同じ国の中でも謀反をおこす家来がつぎつぎとでるという乱れた世の中でしたので、そりゃ、どこの国の殿さまでも心配せずにはいられなかったのでしょう。
ある日のことです。この心配やの殿さまの国へ摩訶不思議な品物を売る商人がやってきました。そのうわさをきいた殿さまは、さっそくその商人を自分の城へ呼びいれて、その品物を見分することにしたのです。
「まず、これにとりいだしましたるは………かの有名な桃太郎のきびだんご………」
「そんなものはいらん!」
「されば、つぎにとりだしたるこの品は、泣く子もだまる大江山の鬼、酒天童子の盃のかけら………」
「ほかにないのか!」
「浦島太郎の玉手箱のひもではいかがでございましょう」
「まぬけ!まったくくだらん、もっと、このわしの気に入りそうなものはないのか!」
「ははっ!お待ちください。それではこのとびきり上等の品。実は私、売りたくないのでございますが、特にこちらの殿さまのためとあらばいたしかたございません。これなぞはいかがなものでございましょう」
「何だ、その黒いめがねは!馬鹿め!わしはまだめがねをかけるほど、もうろくはしておらん」
「いやいや、それは見当ちがいのお言葉、この黒めがねこそ、何をおかくし申しましょう。南蛮渡来の秘宝、魔法の黒めがねでございます」
「なに、魔法とな?それはおもしろい、いったいどんな魔法がおこなわれるのじゃ!」
「さればでございます。この黒いめがねをば、かようにかけますると………おどろくなかれ、たちまちにして人の心が見えるのでございます」
「なに!人の心が見えるとな!」
「まことでございます。ちょっとでもあしき心あれば、たちまちその人の顔は、あの恐ろしき悪魔の顔になって見えるのでございます」
「う〜む。それは便利なめがねじゃ!実をいうとわしは弱っておったのじゃ、この乱世に人の心がようわからん。寝ても、さめても心配でな………つまり善人と悪人の区別がつかなくて困っておったのじゃ」
「それはそれは、そのようであれば、ますますこのめがねはおやくにたつでございましょう。うたがわしきやからは、どしどしこのめがねでためされ、罰せられればよいのでございます」
心配やの殿さまはさっそくその翌日から、このめがねをかけ、家来のひとりひとりを面前に呼びつけては、入念なしらべを始めました。ところがどうでしょう。おどろいたことには、このめがねで見ますと、家来のほとんどすべてが悪魔に見えたのです。それどころではありません。心配のあまり自分の兄弟も子どもも、最後には妻まで調べたのですが、やっぱり、悪魔に見えたのでした。殿様は恐怖のあまりその人たちを全部殺してしまいました。そしてふと鏡にうつる自分をめがねで見たとき、もう気絶するほどおどろきました。自分の顔がいままで見ただれよりも恐ろしい悪魔の顔に見えたのです。
「うそつきめ!とんでもないめがねじゃ。このわしが悪魔だって!とんでもない!」そういって殿様はめがねを床にたたきつけました。すると、黒いめがねは世にも恐ろしい音をたてて爆発したのです。その時こなごなになっためがねの破片は、この国のすべての人の心にささってしまいました。それ以来というもの、この国の人の目にはどんな人の姿も悪魔に見えるようになったのです。もう皆さんにはおわかりでしょう。そうです。この国はまもなく、人々が死に絶えてしまいました。それというのも、殿さまがあの不思議な黒いめがねを買ったためなのでした。
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