去年も、おととしも、そして、ずっとずっと昔から、さくらの花はほんのりとしたさくら色に咲いていました。今年もそろそろさくらの花の咲く季節になりました。あちらの山でも、こちらの丘でも、さくらの枝にはつぼみがいっぱいにつきました。
こうして、暖かい日が二、三日続こうものなら、いっせいに咲き始めようと待っているのです。ところが、ある川のほとりにたっている大きなさくらの枝では、つぼみたちがなにやらごそごそ相談をしていました。
「おいみんな、今年もやっぱり、いつもと同じ色に咲くつもりかい」
「そりゃそうさ」
「でも、いつもいつも同じ色じゃ、あきられないかしら?」
「たまにはうんとかわった色に咲いて、見物客をあっといわせたいね」
「そういえば、このところ年々お花見の人の数がへってくるみたいよ」
この大きなさくらの木はたいへん有名でした。これだけ大きなさくらは、ちょっと、この辺ではみあたりません。それに川のほとりにたっているものですから、満開のときなどは、その姿が川面にうつって、それはそれは美しかったのです。ですから毎年この花を見るために、ずいぶん遠くから、わざわざやってくる人でにぎわいました。土堤のやわらかい草の上で、ご馳走を食べたり、歌をうたったりして楽しんで帰って行きました。
しかし、このごろは世の中がせわしくなったせいか、そうやってのどかなお花見をする人がへってしまったようなのです。この大きなさくらがどんなに美しく咲き乱れても、人々はその枝の下を自動車に乗って、あっというまに走り去って行くのです。さくらのつぼみたちが心配するのも無理はありませんでした。
「そうだなあ、のんびりといつまでも昔のままでいると、時代にとり残されてしまって、今に誰にも相手にされなくなってしまうよ」
「外国からやってきたチューリップやバラの花をみろよ、それこそ色とりどりに咲いては人の目をひいているじゃないか」
「そうだ、そうだ、やっぱりああいうふうにしなければいけないんだ」
「しかし、いったい、どうやって色を変えるつもりだい」
「そうか、それがむずかしいね」
「そうだ!いいことがある。いつも蜜をあげている蝶々さんに頼んだらどうだい。蝶々さんはいろいろな色の粉を持っているから、あれをふりかけてもらえばいいんだ」
それから何日か暖かい日が続きました。一つ、二つ、三つ………さくらのつぼみが開いていきました。たくさんの仲間たちを呼んできた蝶々さんも毎日せっせと粉をふりかけました。やがて、この大きなさくらの木には黄色の花が咲きそろいました。通りかかった人たちは、みな不思議そうに見上げました。たちまち、うわさがひろがりました。珍しい黄色の花が咲いたというので、この木の下は大勢の人たちでいっぱいになりました。うまくいったと、はじめは花たちも喜んでいたのですが、そのうちにこの人たちが昔のような、心から花をめでる人たちでないことに気がつきました。カメラでパチパチ写す人、せかせかと原稿をかく人、電話をかけに走って行く人………つまり、この人たちは、テレビや新聞や雑誌の記者だったのです。まるで大事件でもおこったようなさわぎでした。ところがそのうちに雨が降ってきたのです。蝶々さんの粉で染めた黄色がどんどんはげて流れてしまいました。そのうえ黄いろくそまった雨が、この木の下に集まっていた人たちの頭に降りそそいだからたまりません。
「なんだ!このさくらは雨ではげちまったぞ!インチキだよ。いったい誰がこんないたずらをしたんだ。ばかばかしい!」
そう叫ぶと人々は、雨の中をたちまち四方に散ってしまいました。
春の雨は音もなく降り続き、さくらの花はまた、もとのさくら色に戻りました。しかし、それからというもの、誰もこの花を見にくる人はいなくなったということであります。
|