北の国では冬になると、雪の女王と呼ばれる恐ろしい悪魔がやってきます。
女王と呼んでいますが、家来は一人もいません。もともとたいへんやきもちやきでいじわるですから、いつもひとりぼっちなのです。
ちょっと見たところはとても美しいのですが、その仕打ちのむごさ、心の冷たさといったら、他にくらべるものがないほどでした。
ヒュウヒュウと不気味な笛を鳴らしながら、いつも気違いのようにかけまわります。
そして、自分の気にいらないものを、かたっぱしから氷づけにしてしまうのです。
ですからこの国の人たちは冬になると、ぴったり戸をしめきってしまいます。
いろりの火をたき続けながら春のくるのをじっと待っているのです。それくらい用心しないとちょっとのすきまでもみつけるとあっという間に家にはいりこみ、いたずらされてしまうのです。
この国のある村に、三太という気のやさしい少年がおりました。
ある日、お母さんにいいつけられて、いろりの火の番をしていますと、どうしたわけか、急にもえが悪くなりました。まきがしめっているのでしょうか、ひどくいぶり始めたのです。
せきは出る、涙は出るでとても苦しくなったものですから、三太はおもわず窓をあけてしまいました。さあたいへんです。
そとは吹雪でした雪の女王がこれをみのがすはずはありません。
ゴォーをいうものすごい音をたてて雪が吹きこんだと思う間にたちまち、いろりの火をすっかり消してしまいました。
「はっはっはっ……三太!まぬけな坊や!私を知ってるかい」
びっくりした三太が声のする方をみると、そこはもう真っ白なマントを着た、雪の女王がたっているではありませんか、三太の背筋に冷たいものが走りました。
寒さのためか、恐ろしさのためか、手足ががたがたとふるえてきました。
「おとうさん、早くきて、雪の女王が中にはいってきた。早く、早くたすけて……」三太はそう叫ぼうとしたのですが、全く声になりません。
「どんなにもがいてもだめさ、もうおまえのからだは凍りはじめているんだよ、声が出るはずがないじゃないか、ほら上をみてごらん!」
女王の指す天井のはりには、いつできたのか無数のツララがところせましと垂れさがっているのです。
さがて三太の吐く息が、口のまわりに凍りついて鼻の先からつららになり始めました。
三太はもうだめだと観念しました。こうなったら、ただもう神さまにお願いするしかないと思いました。
そして心の中で祈りました。そのときでした。
「ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ………」部屋のすみにおいてあった三太の鳥かごから、突然うぐいすが鳴き始めたのです。三太も驚きましたが、いちばん驚いたのは雪の女王でした。
「何をする!やめろ!やめろ!この気違いうぐいすめ!」
あの恐ろしい雪の女王はいったいどうしたのでしょう、小さなかわいらしい一羽のうぐいすの声におどろきあわてているのです。
しかしうぐいすは鳴くのをやめません。
くり返し、くり返し、声をはりあげて鳴き続けたのです。
すると雪の女王の姿がだんだん薄くなって、やがて苦しそうに身をもがくと、ぱっと消えてしまったのでした。とたんに家の中はすっかりもとに戻ったのです。つららも消えました。三太も動けます。いろりの火も暖くもえ上がりました。
あっけにとられた三太は、すぐにうぐいすのかごに近よりました。
「どうして、僕はたすかったのかしら?雪の女王はどうしてうぐいすの声をきいて逃げていったのかしら」
このうぐいすはこの夏、三太が森の中で、ひどい怪我をしていたのを拾ってきて育てたものでした。
不思議そうな顔をしてのぞきこむ三太にむかって、うぐいすは嬉しそうに、返事のかわりに「ホーホケキョ」とひと声鳴いたのです。
そうです。うぐいすは春を呼ぶ鳥でした。
雪の女王がいちばん恐れているのは春だったのです。雪の女王は、いつも、うぐいすの声に追われてこの国を去り、北の果てに逃げていかなければならなかったのです。うぐいすは三太へ恩返しをしなければと考えて、季節はずれの歌を必死になってうたったというわけなのです。
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