真珠のうた
昭和41年8月号


 昔、あるところに三吉という若い漁師がおりました。
幼いころから美しい貝がらが好きで、ひまさえあれば海辺を歩き、珍しい貝がらを探し、家へ持って帰ってはそれを磨き、楽しんでおりました。
貝がらは形もいろいろあっておもしろいのですが、その鮮やかな色つやや、不思議な模様は、いくら眺めていても、なかなか、あきのこないものです。
 ある日のこと、いつものように海辺で貝がらを探していたとき、三吉は一人の美しい娘に会いました。
ことにその瞳はまことに美しく、どんな宝石よりも神秘な輝きを持っておりました。目は心の窓といいます。三吉はひとめでこの娘が気に入り、自分の嫁になってもらいました。
娘の名はあこやといいました。二人はその日から、人もうらやむなかのよい夫婦になり、幸せな日を送ることになりました。
 ある年のこと、その年はどうしたことか、しけが続いて、三吉の村では舟をだすこともできず、やがては、その食糧にも困ってくる始末になりました。するとあこやは、どこへ行ってきたのか、嵐にびしょぬれになって戻ってくると、三吉に美しい真珠(しらたま)を差し出しました。
「これは私の命です。いえ、命同様にたいせつな宝でございます。これを一刻も早く都へお持ちください。きっと高価に売れることと思います。そして村の人たちを救ってあげてください」
 すべてはあこやのいう通りになりました。村は救われました。その上三吉は真珠(しらたま)長者と呼ばれるほどの金持ちになりました。
 けれどもなぜか、そのときからあこやの片方の目がとじたままになってしまいました。
三吉も心配して、いろいろ手をつくしてみたのですが、どうしても直りませんでした。
 村の教主、真珠長者さまとうやまわれながら何年かが過ぎて行きました。やがてその金もなくなり、人々はもう三吉夫婦が村の教主であったことも忘れてしまったある日のことです。
三吉は、また再び真珠長者になりたいと考えたのです。
「いったい、あこやは、どこからあの真珠を持ってきたのだろう、あれさえ手に入ったらなあ………。よし、妻にもう一度たのんでみよう」三吉はあこやの前に両手をついてたのみました。そのとき、あこやはたいへん悲しそうな顔をしました。けれども三吉があまりに熱心にたのむものですから、仕方なく家を出かけて行きました。
「よし、あとをつけてみよう、いったいどこにあんな宝物をかくしているのだろう」見えがくれにあこやのあとをつけて行きますと、やがてあこやは松林をぬけて海の中に入って行ったのです。三吉もとびこみました。
真青な海の中をどこまでもどこまでも追って行きました。
ところが急にあこやの姿が消えてしまったのです。
あわてて岩かげの間を探しまわっているうちに、三吉の耳に悲しげなすすり泣きの声がきこえてきました。
みるとそれは大きなあこや貝の中からのようでした。三吉がその前まで泳いで行くと、その貝のふたが静かに開き、中からあこやが姿を見せました。とじられた両の目からあふれる涙がほおに光っていました。
あこやは三吉の前に手を差し出しました。大きな美しい真珠が輝いています。
「私はあこや貝の精だったのです」
おどろく三吉にあこやはそのわけを話しました。
「私たちの仲間はみなこの深い海の底で一心に真珠を磨いているのです。永い間かかってまごころをこめて磨くのです。それが二つできると、竜神の許しを得て、地上の人間に生まれ変わることができるのです。幸せなことに私は夢が実現して、あなたと夫婦になることができました。けれど、これも運命なのでしょう。たいせつな二つの真珠をあなたに捧げてしまった私はまたもとの貝に戻る他はないのです。真珠は私の瞳だったのです」
そういい終わるとあこやはまた静かに貝のふたをしめてしまいました。
「そうだったのか、なにもかも私が悪かったのだ。許してくれあこや!」
三吉は泣きました。
涙のように美しいあこやの真珠を、三吉は生涯だきつづけてくらしたということです。