「手話通訳問題研究」 144(2018Summer)
2018年5月30日
随想
子どもにアートを届けると私たちの社会が良くなるわけ
劇団かかし座 代表 後藤圭

子どもにアートを届けること

子どもにはたくさんのものが必要です。着るもの、食べるもの、遊ぶこと、親の愛情、生きていくためのさまざまな知識…。数え上げればきりがありません。現代の日本の社会はあらゆる意味で豊かです。それは私たちの先祖が営々として築いてきた基礎の中から生まれてきたに違いありません。ですから私たちは、先祖たちが築いてきてくれた社会を、より良いものへと発展・進化させていく責任を持っています。今、私たちの豊かな社会にプラスしていかなければならないものは、柔軟な心の育成、心豊かな社会の構築です。
 そのために、子どもに必要なたくさんのものの中に、ぜひアート、特に実演芸術(パフォーミング・アート)を加えてほしいのです。アートこそは人間の生活や文化の中で大きくて特異な位置を占めるものです。ある意味でアートは「直接は、生きていくためには役に立たないもの」であり「すぐには必要のないもの」であるかもしれません。ではなぜ人類はアートを作り続けてきたのでしょう?なぜ役にも立たない行為を続けてきたのでしょう?それは、アートこそが人間にとって必要なものだからではないかと、思うのです。

空想の翼を広げて

 こうしたい、こうありたい、もしかしたらこんなことがあるかもしれない。人は皆さまざまな希望や願望、夢を持っています。その中の幾つかが、誰かの人生の中で結実し、具体化します。そうやって社会は少しずつ発展していきます。ですから人々(特に子どもたち)が大きく壮大な希望や夢を持っている事が、より良い次の社会作りにとても大切なのです。その夢を育てるのがアートであり実演芸術です。実演芸術の主役はパフォーマー(俳優、音楽家等)です。それに触れた子どもたちは人間の可能性やおもしろさを実感し、自分の将来に夢を描く事ができるようになります。子どもには日常の他に、将来を夢見、大きな希望を持つ空想、想像の世界がとても必要なのです。

想像力は創造力へ

 想像力は、書籍や映画でも育てることができるでしょう。しかしそこに生身のパフォーマーが存在し、目の前で演じられる実演はそうした従来のメディアとは少し違った力を持っています。人は、人と触れ合う事でこそ、とても大きな力を受け取る事ができるのです。そして目の前で演じられる実演は、日常と非日常の知識の世界をつなぐものです。子どもたちには日々暮らしている日常と、無限の情報をつなぐ架け橋としての実演芸術が必要なのです。
 想像してみてください。素晴らしいバイオリンの実演を一回でも聴いた子どもが次にCDを聴いた時、その子に聞こえてくる音楽は別のものになるはずです。影絵や人形劇によって活力溢れる昔話を見た子どもたちは、次に本を読んだ時に今までと違った景色が見えてくる様になるのです。そうやって知識や情報に命を吹き込む事ができた時、子どもたちの心の中に「想像力」を「創造力」へ転化していく新たな力が育っていくのです。

結びに

 今述べてきた様に、アートや実演芸術には人間に欠かす事のできない大きな力を養う力があります。こうした力に子どもの頃から触れていく事が、「夢」や「希望」という、一人一人の人間の生きる力を育てていくのです。
 一説によると、何かを何かに見立てる力、すなわち「象徴化」「様式化」という事が私たちホモサピエンスのとても特徴的な能力なのだそうです。太古の昔、何種類か存在した原人の中で、私たちだけが生き残ってきた理由の一つはそこにあるのでしょう。
 その力を伸ばし、夢を伸ばし、将来の自分たちを夢見る事は、きっと子どもたちに私たちの予期しない大きな力を育むものだと思うのです。
 だから、子どもたちにアートを届けるという事は、私たちの社会を心豊かにしていくためにとても重要な事なのです。