「影絵之研究」昭和七年刊に出会って
   My 舎人倶楽部 24
  2018年10月1日号
  敬文舎発行

   後藤 圭



 私は劇団かかし座という影絵の専門劇団を運営し、「影絵」の企画、製作、公演に携わって来ました。しかしその「影絵」は先代から引き継いだ「かかし座の影絵」であり、他の影絵表現に関してはさほどの興味を持っていませんでした。ところが十数年前にきっかけがあり、影絵資料の収集を始めたのです。その時の資料の中に「影絵之研究」北尾春道・著がありました。
 最近引っ張り出してみたのですが、驚きました。影絵の意義、歴史、世界各地の影絵の紹介、その技法や練習方法に至るまでその広がりと博識は他に見たことがありません。もうひとつの驚きは、著者が建築家であったということです。それも数寄屋建築の大部の研究書があり、今でも貴重な資料としてWeb出版されているのです。そんな方がなぜ影絵を?と思いますが、建築図面や文様図案のために、切り紙を活用されていた事がそのきっかけであったようです。

 著者の影絵に対する考え方の一端をご紹介しましょう。

 この本の第一章は「1影絵の意義」「2影絵の芸術価値」で始まりますが、影絵というものがいかに古くから世界中の芸術発展の底流に流れていて、今後ますます可能性がある、ということについて論じられています。そして第二章は歴史的考察に入ります。実に広範囲の世界各地の影絵の特徴を論じながら、以下の論を示します。
以下「7民族芸術としての影絵」より

「~この影絵芝居の人形劇は普通演劇よりも先立って創世されたもので、影絵によって芽生えた影絵劇が、人形自身の動作を表現させる扁平木偶人形となりて、それが~円形人形となり、ついに優人舞台劇を作るようになったのであると思われる。即ち影絵は演劇起源の一要素というべき~。」
 これはとても重要な指摘なのですが、これをここまで言い切った文章を私は他に知りません。そして実に広範囲の博識をもって影絵を論じ、活用のための練習課題なども提示しつつ、以下のような結論に至るのです。
以下「結論を跋に代えて」より
「影絵の歴史的探究をはじめ、~近代のあらゆる芸術にも接近していることを発見し、~また伝統的に墨絵としての南画に親しみ、清新な簡素そのものの茶室建築を生み出したる我々日本人によって世界的な影絵芸術を発生せしむべきである~。」
なんと、北尾春道氏は影絵を研究した結果、それを世界的な芸術として発展させるのは日本人であるべきと語っているのです。

 これをどのように受け取るのかは読者の自由でありますが、私はこれを影絵を研究している後世代の人間として、北尾氏からの大きな応援、励ましとして捉えていきたいと考えています。